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東京地方裁判所 平成元年(ワ)17352号 判決

原告 甲野太郎

被告 株式会社産業経済新聞社

右代表者代表取締役 植田新也

右訴訟代理人弁護士 佐々木黎二

同 栞原康雄

同 田原大三郎

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成元年一〇月二一日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告は、原告に対し金五〇〇万円及びこれに対する平成元年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の発行する夕刊紙の記事のタイトル及び本文が、原告の名誉を毀損したものであるとして、損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  原告は、現在、その妻花子に対する殺人被告事件等の刑事被告人の立場にあり、無罪を主張している者であり、被告は、日刊新聞の発行等を目的とする株式会社で、日刊紙「夕刊フジ」を発行している。

2  右事件及び原告につき、いわゆる「ロス疑惑」として、数多くの報道がなされたが、これらの報道の中には、その内容等に関し、原告から名誉棄損としての損害賠償請求訴訟が提起されているものがある。

3  被告は、右夕刊フジの平成元年一〇月二一日付紙面において、「甲野太郎」「訴訟乱発18件目」という見出し(本件タイトル)で、原告が安部直也(筆名安部譲二)に対して提起した損害賠償請求訴訟(前記訴訟中の一件)に関連して、別紙記載のとおりの安部譲二のコメント(本件コメント)の引用を含む記事(本件記事)を掲載し、右夕刊紙を頒布した。

二  争点

本件タイトルが原告の名誉を棄損し、本件コメントが原告の名誉ないし名誉感情を毀損するものであるか否か。

三  争点に対する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 本件タイトルに使われている「乱発」という言葉は、「前後の考えもなくだすこと」、「むやみにだすこと」等の意味をもち、したがって、読者に対し、原告が前後の考えもなく訴訟を起こしていることを強く印象づけるものであり、これにより、原告の名誉は著しく低下させられた。

(二) 本件コメントは、単に、別訴の被告としての所感を述べるということに止まらず、何の具体的事実も示すことなく原告を中傷・誹謗することに終始しており、原告の名誉を著しく低下させ、原告を侮辱するものである。

(三) よって、被告の本件記事の掲載、頒布は、不法行為として原告の名誉、信用を著しく毀損し、原告を侮辱するもので、原告にはかり知れない程大きい信用失墜、精神的苦痛、打撃を与えるものであり、これにより、原告は、少なくとも一〇〇〇万円を下らない損害を被った。

2  被告の主張

(一) 本件タイトルは、一八件という民事事件の数が、一個人が当事者として関与する訴訟の数として、一般常識からみれば異常ともいえる多さであることを示し、「乱発」という言葉は、数の多さの異常性を示すに止まり、その当否まで述べているものではない。たしかに、「乱発」の語義には当該行為を非難する要素があるが、①原告の提起した訴訟の数の異常性とともに、昭和六三年からその件数が激増していること、②請求棄却の判決も受けており、原告の請求が認容された訴訟においても、その認容額は請求額に比して著しく低いこと、③原告は、被告と同様の内容の報道をしているテレビ、他の週刊誌、新聞等を訴えることなく、そのうちの一紙のみを訴えるという恣意的な訴訟提起を行っていることから、原告の訴訟提起には、右非難を基礎づける事実があるので、本件タイトルは、原告の名誉を毀損するものではない。

また、タイトルについては、見出し、前文は簡略かつ端的に内容を表示し、読者の注意を喚起し、本文を読まさんとする意図を有する性質上、多少表現が誇張されることは已むを得ないところであり、特に、本文の記事と背理し、かつ、前文及び見出し自体が虚偽で、それだけで特定人の名誉を毀損する場合以外は違法とはならない。

(二) 本件コメントは、提訴された者の所感を述べているものであり、被告として訴訟にどのように対応するかという姿勢が述べられているものである。これは、訴訟提起の記事を掲載するに際し、被告側の対応を取材し、これを報道しただけであって、本件コメントは、被告としての安部譲二の立場におけるものにすぎず、それが、一般読者に対して真実であると受け取られるものではないことは明らかであり、したがって、原告の名誉を棄損するものではない。

第三争点に対する判断

一  本件タイトルについて

本件タイトルにある「乱発」という言葉は、「多発」という言葉と異なり、「むやみに発すること」、「みだりに発すること」等の意味を有するものであり、その語義には当該行為を非難する要素が含まれる。そして、訴訟の提起は市民としての当然の権利であって、根拠もなく相手方をもっぱら困惑させる意図で提訴する等の特段の事情がない限り、これを非難することはできない。したがって、本件タイトルは、本件記事の内容如何に関係なく、それ自体で、一般読者に対し原告が根拠が乏しく非難されるような訴訟提起を行っていることを印象づけるものであって、原告の社会的評価の低下をもたらすものであるというべきである。

これに対し被告は、前記被告の主張(一)①ないし③の理由を挙げているが、いずれも右非難の要素を含む乱発という言葉の使用を正当化するに足りるものとはいえない(原告の訴訟提起の全てまたは多数が根拠のないものであったと判断することができるにたりるような資料の提示もない。)。また、被告は、見出しの表現が多少誇張されても已むを得ないと主張するが、被告も述べるとおり、本文記事と背理し、見出し自体虚偽で、それだけで特定人の名誉を毀損する場合は別論であって、本件タイトルのように、原告の訴訟提起について乱発と評価できるような事実を認めるに足りない場合において、原告を非難する趣旨を含むと受け取られる「乱発」という見出しを掲げることは、たとえ誇張が許される見出しといえども許されるものではないというべきである。

したがって、被告の反論はいずれも理由がない。

二  本件コメントについて

本件コメントは、名誉毀損による損害賠償請求訴訟の被告である安部譲二が、原告に対し、訴訟当事者としての所感を述べたものであることが認められる。

ところで、コメントといえども、その内容が他人の名誉毀損を生じさせる事実の存在を明示ないし暗示するような場合には、原則として、そのコメントを掲載する行為自体が名誉毀損となる。しかし、本件コメントは、安部譲二の原告に対する評価及び同人の訴訟提起の動機についての見解ないし推測を述べたに過ぎず、その内容は、一般読者をして、名誉毀損事実の存在を暗示せしめるようなものとはいえない。

また、本件コメントは、名誉毀損事実を暗示するものではないが、原告に対して侮辱的なものともとれる内容のものであることが認められ、本件コメントを中心とする本件記事は、全体的にみると、「乱発」という言葉を含む見出しで始まり、右内容の安部譲二の本件コメントを載せ、原告の訴訟提起について、「ゾロゾロ」とか、「訴訟乱打」なる表現を使用し、「三段バラ訴訟」なる表現でその中の一例を挙げる等、原告をやゆする表現を随所に用いており、必ずしも客観的なものとはいえない。

しかし、本件の場合、本件コメントのすぐ後に、「『訴えたらカネがとれる』と踏んでいるかどうかは分からないが」という記載をし、安部譲二の侮辱的表現に対する一応の配慮を行っていること、本件コメントは、表現に難点はあるものの、訴訟の被告とされた安部譲二の一方的見解ないし推測であることは明白であること、周知の事実である「夕刊フジ」の性格等を併せ考えると、本件コメントを含む本件記事の本文自体は、直ちに原告の社会的評価の低下を招き、また原告を侮辱するものとは認められない。

ただ、本件タイトルを前提にして本件記事を読むと、全体として、原告が根拠のない訴訟を乱発しているとの印象を与える構成ないし表現になっていることは否定できず、この点も損害額の認定に当たっては考慮すべきものと考える。

三  損害

よって、原告は、本件記事中の本件タイトルにより、その名誉を毀損させられたものと認められ、右のとおり本件記事の全体的な内容をも考慮すると、原告に対する損害賠償額は、五〇万円をもって相当とする。

第四結論

以上によれば、本訴請求は、不法行為による損害賠償金五〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成元年一〇月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 山垣清正 任介辰哉)

〈以下省略〉

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